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高祖 いいとこ撮り 1/2

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高祖地区を東西に走る県道36号線沿いに、誰もが疑問に思う赤煉瓦造りの地下壕があります。

地下壕には赤煉瓦で補強装飾した入り口が三つあり、この日道路側の一番大きな地下壕内には小型ボートが一隻と、前後に大きな籠を装着したママチャリが一台、展示(格納?)されていました・・・(*^。^*)です。

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この地下壕の入り口は、アーチ状に煉瓦を積み上げて丁寧に造られてはいますが、軍事用としては入り口が三つもあるのに内部空間は僅かしかなく、使用目的がはっきりしません。

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で、たまたまお会いした近所にお住いのご婦人にお話を伺いますと、「防空壕です。壕が掘られている小山の上にお住いの方の私有地で、主にはその方が主導して造ったもので、非常時には近隣の人々も一緒に防空壕内に退避しました。」と。

なるほどぉ~。
小山の上にお住いの御主人、子供時代の秘密基地づくりの感性、遊び心を大いに発揮し、だれにも遠慮することなく嬉々として掘り進んだのでしょうね。
平時ならきっと奇人変人扱いですが、戦時下ならご近所さんも手助けをしてくれて・・・(*^。^*)です。

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画像は赤レンガ地下壕の、すぐ近くに建つ民家を囲う赤レンガの塀です。
江田島市内においては今でも、家の土台や壁、塀などに多くの赤レンガが残ります。

沖美町史によれば、能美近隣におけるレンガの製造は、高祖の住人である三浦小太郎氏が大阪で学んだ技術をもとに、明治30年頃より始めた輪環式煉瓦製造業が成功をおさめたことに始まるとされます。
初期の高祖地区に開いたレンガ工場に加え、現三高中学校地と木ノ下川下流西側との二ヶ所にも工場を増設し、年間1080万個の赤レンガを製造、従業員が270人にも及ぶ県下最大のレンガ工場を成しました。

その後、昭和初期に始まった世界恐慌のあおりを受けしだいに衰退する状況にありましたが、昭和9年ごろより耐火レンガの製造を開始、月産量500トンにまで業績を回復、第二次大戦中は軍需によりフル操業での生産を要求されましたが、敗戦後の昭和21年、大量の生産余剰品を残しすべての工場が閉鎖されることとなりました。

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高祖西漁港の近くに花崗岩石材を巧みに組み上げ、アーチ状の門を開けた石垣が残ります。

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この石垣が造られた当時、その沖側には砂浜?が、あるいは干物干し場?が広がっていたか、それとも、雁木(石段)があって、直に船からの荷下ろしが出来るように作られたものか???です。

くぐり抜ければ別世界へと通づ、不思議の国のアーチ門・・・(*^。^*)です。

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秋風が流れ下る石垣の小径に、コスモスや百日草が絶え間なく左右に揺らぎます。

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宮崎駿氏の作品「となりのトトロ」に出てきそうな雰囲気が漂う、超ノスタルジックなお家です。

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高祖地区を横断する幹線道路県道36号線は、市内でも稀なくらいに狭くて曲がりくねっています。

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狭く曲がりくねった県道36号線ですが、昭和の時代にはその狭い道の両側に各種商店が軒を連ねていました。

その中には電気屋さんもあったのでしょう。
ヒロシマランプと書かれたブリキの看板が軒下から取り外され、側溝のひび割れた箇所に蓋代わりに置かれていました。

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県道36号線のネックとなっていた高祖地区を横断する狭い道路も、今、海岸沿いに新しくバイパスとなる道路の工事が着々と進行中です。
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