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高祖 いいとこ撮り 2/2

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高祖農道から見た高祖宝原(こうそほうはら)地区と、海の向こうに霞む対岸は広島市五日市方面です。

ちなみに、先に紹介した美能地区の西半分が鶴原、東半分が亀原、そして高祖地区の西半分が豊作原で東半分が宝原と呼ばれます。
鶴、亀、豊作、宝と、この地域の地名には、とてもおめでたい名が付けられています。

さらに、宝原川(ほうはらがわ)の水源付近、神の久保と呼ばれる昼でも暗い谷の奥には、財宝を三つの水瓶に分けて土中深く隠されているとの伝説も残ります・・・(*^。^*)です。

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沖に見える左右に両翼を広げた島は似島で、安芸小富士の頂部が見えます。

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満開の梅の花と三高港、右奥は似島です。

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桃の花と、沖には大奈佐美島が見えます。

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ビニール温室の向こうは三吉地区、島神社に植栽されたソメイヨシノが満開です。

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段々畑で作られている野菜は、キャベツ、ハキサイ、ダイコン、ホウレンソウ、ネギ、・・・早生エンドウもツルが伸び始めています。

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山の中腹に残された、マチュピチュ遺跡にも匹敵するくらいに貴重な高祖の段々畑です。

かって、昭和の時代には山の頂近くまで迫った耕作地も、今や、その9割9分までが元の自然状態へと回帰し、イノシシやアナグマ、タヌキの楽園となっています。

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高祖地区の背後にそびえ、沢山の山桜で彩られた三高山(砲台山)、標高は401,8mです。
山頂部から右に下がる緩やかなスロープが三高山堡塁(砲台跡)となります。

 
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民家の屋根越しに見た三高山と、三高山堡塁です。

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農家の納屋(裏側)です。

石垣で囲われた半地下の部分は、山から集めた落ち葉や稲藁などに、家畜の糞尿などを混ぜて発酵させ、たい肥を作る「こなしや」または「落としばんや」と呼ばれる部屋です。

ちなみに当地において化学肥料が全盛となったのは昭和40年代となってからで、江戸の昔より不足分の肥しは広島市内に求め、ゴミ船、肥船を仕立てて大量に運び入れていました。

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農作業小屋の壁に特殊車両が展示?されていました。

稲や麦を刈り取り束ねることのできる革命的な農作業支援機(小型コンバイン)だと思いますが?・・・(*^。^*)です。
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