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三吉 島神社

s-島神社 
三吉地区は西能美島の中央部を南から北へと流れ下る「木ノ下川」と、そのすべての支流域を占有しており、江田島市内にあってはもっとも水量の豊かな地域です。

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「島神社」は西に隣接する高祖地区との境界線ともなる、「柳之前川」の上流部に建てられました。
その創建は新しく、昭和も後期となってからのようですが、・・・。

島 神 社
御祭神 信行大神(のぶゆきおおかみ)また御名を天之御中主大神(あめのみなかぬしのおおかみ)
相殿 大山祇(おおやまづみ)大神・木花咲耶(このはなさくや)姫尊・他十一神を合わせ祭る
御 由 緒
当社は宇宙全圏の獨神天之御中主大神様を御祭神として奉斎してあります。
その昔三高水源地の奥に滝があり、竜神様を祭る社があったと云われています。
第二次大戦中、鉄の不足により滝のあった山が鉄山ということから一帯を掘り起こし跡形もなく消えてしまい、現在は草に埋もれた石積の社の跡が残っているだけになっています。
古人の話によると、この里には井原という郷族が住んでおり、後に南郷という郷族が入って来て支配したといわれます。
入江を多くもつ能美島は水軍の根拠地と適しているためいろいろな種族の水軍が奪いあった島であろうと推測されます。
大君の王泊には石棺等が出土し、山の尾根尾根にはのろしを上げたであろうと思われる所に宮の跡や地蔵様を残す所、多数見あたり城の名のついた所、戦いのあった跡を示す地名も数多く残っており、強者達が上陸し去って行ったという古い歴史の跡が伺われます。
当社の初代社主は南郷という郷族の血を受け継ぎこの里で誕生しすぐに朝鮮に渡って成長、戦後長崎に帰って来ましたが、度重なる不幸に合い神仏に救いを求めたのが此所に入った始まりであります。
いろいろな信仰の門をたたき歩き神道教教祖古賀天明管長の尊い導きにより信行大神様に一心におすがりしている時に「余は竜神なり三吉の里にて大神を祭られよ 余も助ける人の身救うて我身救わるものなり」との御託宜があり、滝の跡地より谷を一つ西北に移すこの地を求め「天地?・・・せる神天の中平にあって天地一切を主宰する神?・・・天地創主唯一絶対神」であります。
天之御中主大神様を鎮祭されたことに始まります。
「大自然の動きの中に人は皆悉く神の子として生かされ自然に逆行する生き方は不幸を招くゆえに大自然の中に自我を捨て無理なく生きることこそ人の道(道理)であり人の道が神の道である。」という。
誠の信仰を私達に伝えんとして、あらためて御降臨になられ信行大神と別名を自らなのられました。
故に天之御中主大神を信行大神と唱え奉斎し、相殿に大山祇大神・木花咲耶姫尊を配祀してあります。
昭和五十九年甲子年霜月吉日
神道信行教 島神社社務所

以上、判読が不能な文字は未記載です。誤字脱字ありましたら・・・m(__)mです。

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鳥居の傍には山水が引き込まれており、大岩の上から流れ落ちるように設計されています。

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鳥居をくぐる前に、龍口より溢れ出る手水をいただきました。
山水の落ちる大岩の下では滝修行もできるように、滝つぼにはお立台となる大石が据えられています。

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鳥居を潜りぬけると直ぐに急こう配の石段となります。

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急な石段を登り終えると左右に長く羽を拡げたように拝殿があり、その中央奥に本殿が見えます。
拝殿の庇に提げられた大きな鈴を鳴らし、「二拝二拍手一拝」・・・です。

ちなみに、神社と鈴の関係についてプログ「神社ナビ」よりコピペをさせていただきました・・・m(__)mです。

神社によっては鈴を吊るしていないところもありますが、この鈴は本坪(ほんつぼ)鈴とも呼ばれており、鈴を鳴らすための紐は鈴緒(すずお)といいます。
お参りをする人が鈴を鳴らすようなったのは江戸時代後期となってからですが、それ以前より神社と鈴とは深い関わりを持っておりました。
神楽舞にも鈴が用いられており、古くは巫女が神憑りするために鈴を用いて神楽を舞ったのが始まりとも言われています。
発祥地、発祥時期は不明ですが、土鈴と呼ばれる鈴は金属が用いられる以前からすでに土を焼いて作られており、日本でも縄文時代の遺跡や古代の祭祀遺跡から多くが発見されています。
鈴の清らかな澄んだ音色には、悪いものを祓う力があると信じられてきました。
拝殿前に吊るされた鈴も、お参りする人が鳴らすことで祓い清めるという意味を持っています。
巫女による神楽舞も神憑りのためであったものが、現在は神様に奉納することでお慰めするという意味合いが強くなり、神楽舞の後で鈴振りを行うことで参拝者を祓い清めるとともに、神様のご加護をいただくという役割を果たしています。
それ以外でもお守りに小さな鈴がついていたり、干支を象った土鈴などには魔除けや厄除け、開運などの意味が込められます。

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拝殿前の広場は木の葉一枚残さず綺麗に掃き清められています。

それにしても、このような左右に長い廊下のような造りの拝殿は初めてみました。
とても斬新的で素晴らしい発案だとおもいます・・・(*^。^*)です。

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拝殿へは左右に付けられた階段を上ります。
拝殿からですと、まじかに本殿を仰ぐことができます。

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幣殿前に貼られたしめ縄の下にて、再度拝させていただきました・・・m(__)mです。

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左右に細長い拝殿を横切り、その右側に付けられた階段より広場へと降りてきました。

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境内の前は高祖から三吉中心部へと繋ぐ農環道が横切っており、満開となった桜の枝下には、はるかな沖に大奈佐美島や宮島が遠望できます。

ちなみに、「柳之前川」に架かるこのコンクリート橋、高祖側の欄干に付く名板には「こうそばし」とあり、三吉側の欄干には「柳之前橋」1979年3月 広島県 道示(1972)一等橋 と、二つの違った名板が付けられています???・・・(*^。^*)です。
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