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三吉 三高港

三高港 
狭議で三高港といわれるのは、木ノ下川河口の西につくられた小さな港ですが、今日では高祖西港や、完全に埋め立てられ痕跡も留めない高祖東港、三高(三吉)港、小島(小山)港を合わせて、「三高港」と呼びます。

ちなみに元の三吉港が三高港となったのは、明治22年(1889年)に三吉村と高祖村(美能地区も含む)が合併し、三高村が発足したためです。

s-三高港(昭和37年) 
画像は昭和37年の三高港付近を空撮したもので、左上には円形の高祖東港があり、三高中学校や貴船神社はもろ砂浜に面していました。

画像では、木ノ下川や柳之前川の河口に広く砂溜まりが見られ、港の入り口にまで押し寄せています。
台風もしくは大雨により河川から土砂が流出したのでしょうが、このようなことが頻繁に起こっては港として機能しません。

三高港が現在あるように大規模に改港されたのは、このような理由からではと?・・・推測です。

s-2015-03-16 176 
改修された古くからの三高港港内です。
水深は浅く、係留されている多くは小型船です。

s-2015-03-16 177 
港内の水深のある位置には小型底引き船です。
主には冬場、鉄枠に取り付けた網で海底を引いて廻り、ナマコやカレイ、ヒラメ、エビなどを捕獲します。

s-DSCN3352.jpg 
小型の海上作業船「第五ひで丸」です。
主にカキ筏の移動や設置作業などを行いますので、小型でもエンジンは高馬力です。

s-DSCN3350.jpg 
「沖美運送(有)」の大型トラック「三菱ファイター」です。

かって、この付近の岸壁には沢山のミカンやダイコン、ハクサイやキャベツが山と積まれ、番船と呼ばれる小型船に積み込まれて、広島や呉の市場へと運ばれていましたが、カーフェリーの就航や早瀬大橋の開通(昭和48年)島内道路の整備、農業の衰退などもあり、今日番船を仕立てて市場へと乗り込むことは無くなりました。

この三菱ファイターはその番船の代わりとなるもので、三吉や近隣農家の産物(近年では菊など花卉類が多い)を積み込み市場へと運び込みます。
トラック運転席側のフロントには市場への乗り入れ許可証が置かれています。

s-高祖・三吉19810927(S56)ABC 
画像は昭和56年10月の空撮(国土地理院)です。

先の昭和37年からわずか20年でここまで整備が進みましたが、この後も改港工事は大きく進み、左上に見える高祖東港は埋め立て工事により完全消滅、三高中学から三高桟橋への道路(県道36号線)も新設されました。

また、同時に河川工事も並行して行われ、大雨があっても大きな土砂の流出はなくなりました。

s-2015-03-16 125 
改港された、新三高港の埋め立て地は主に三高特産物のカキ養殖事業者に提供され、事業の近代化に有効利用されています。

最盛期にはカキ連の揚収クレーンをマストのように掲げたカキ運搬作業船が、早朝から何隻も出入港を繰り返し、船からベルトコンベアーで作業場に陸揚げされたカキは、すぐさま大きな回転ドラムに入れられきれいに洗浄されます。

s-2015-03-16 117 
家内作業で行われていたカキ養殖業も、今は外国からの研修生を何十人も雇い入れ、すべてを効率的におこなう、工場生産にも似た大規模な近代化がなされています。

s-DSCN6129.jpg 
大きく様変わりした三高港の全景です。

ちなみに、平成27年の都道府県別カキ養殖量(殻付き重量)は
広島県106,851t ・ 宮城県18,691t ・ 岡山県10,657t ・ 全国計で164,380tとなり、広島県のシェアは65.0%、むき身生産量だと広島県は19,322tでシェア68.1%です。

県内でのカキ生産量第一位を誇るのは呉市、第二位は江田島市であるといわれますが近年のデーターは不明、あるいは県下第一位に躍り出ているかも???・・・(*^。^*)です。
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