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三吉 三高フェリー桟橋

s-三高航路a 
江田島市内と広島宇品港とを結ぶ航路は「三高から宇品(瀬戸内シーライン)」「中町・高田から宇品(瀬戸内シーライン)」「切串から宇品(上村汽船)」「小用から宇品(瀬戸内シーライン)」の4航路があります。

江戸時代、佐伯郡に属する能美住民は郡役所のある廿日市とのつながりが強く、郡や村の役人が公用で利用するのはサンパン(全長5m程度の小型通船)とよばれる櫓押しの船で、村人が交代で任に就いたため番船ともよばれました。

安政4年(1857年)とされる、廿日市から三吉・高祖間の番船(サンパン)使用料金として、二丁立(二本の櫓で漕ぐ)で米5升6合7勺 ・ 三丁立は米7升6合7勺 ・ 四丁立は米9升6合7勺と、漕ぎ手の人数により運賃が変わります。

一般の住民は、農作物や生活物資などの運搬船に便乗して渡海しましたが、普通は一往復に三日を要したといいます。
ただ、櫓漕ぎの小型船であっても、気象や潮、積み荷の量などの条件が良ければ宇品までの12kmを3時間程度で往くこともできました。

ちなみに、現在の三高~宇品間の運賃は大人680円、所要時間40分です。

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三高港桟橋待合所です。

芸備商船の撤退後、しばらくは市営(第三セクター)となる江田島汽船株式会社が三高航路を運行していましたが、平成28年10月、瀬戸内シーライン株式会社へ併合されました。

ちなみに能美の定期連絡船事業は、明治38年、沖村の岡田岩吉氏が「海勝丸(62t)」を能美、広島間に就航させたのが始まりであるとされます。
以後、多くの個人や海運会社、村営、町営などが乱立しましたが、長期に渡り安定した経営を続けることはなかなかに難しいようです。

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待合所前につくられたロータリーに「NIHON MARU」寄贈 沖美町三吉 沖正美・フミコ 平成元年とプレートの付けられたプロペラとシャフトが置かれています。

日本丸といえば帆船の航海練習船、「海の貴婦人」と呼ばれた初代日本丸をイメージしますが???、???まさか???。

ちなみに、日本丸は昭和5(1930)年に建造された練習帆船で、昭和59(1984)年までの約54年間に、地球を45.4周する距離を航海し、11,500名の実習生を育ててきました。
昭和60(1985)年4月より、みなとみらい21地区の石造りドックに現役当時のまま保存されており、一般公開されています。

その日本丸のプロペラを取り外し三高へと持ち出した?とは思えませんが???。
ただ実習生としてより他に、日本丸と地元能美船員との関係があるとすれば、戦時中日本丸は石炭運搬船として瀬戸内海航路を何度も往復しましたので、当時石炭運搬に多く携わっていた能美出身の船員さんが日本丸に乗船していたとしてもおかしくはありません。

また帆船日本丸は普通「Nippon Maru」と呼ばれますので、三高の「NIHON MARU」とは違う船?プロペラも少し小ぶりだし???、 三高ミステリー ・・・(^_^;)です。

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昭和50年の三吉地区の中心部です。

木ノ下川河口防波堤の左に、カーフェリーが着岸しいています。
その左に現在ある待合所やロータリー、フェリー桟橋などが建設途中です。

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現在のフェリー桟橋と、着岸しているのは「シーフレンド」です。

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シーフレンドの船橋(操舵室)部分です。
マストに揚げられているのは、緑十字旗と瀬戸内海汽船の社旗です。
また操舵室窓の下には建造元である内海造船の文字が記された楕円形の真鍮プレートが取り付けられています。

シーフレンドは因島田熊内海造船において1998年1月に竣工、山陽商船、芸備商船、 瀬戸内海汽船、安芸津フェリー、江田島汽船などを転籍(共有予備船利用もあり)現在は瀬戸内汽船に在籍し、子会社である瀬戸内シーラインの宇品~三高航路に投入されています。

全長49.9mで排水量312t、ディーゼル2軸で1,600ps、乗用車10台、トラック4台、船客250名が乗船し、11.5ノットの速力でもって航行します。

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速力を緩め着岸準備中のシーフレンドです。
現在の宇品三高航路はこの「シーフレンド」と「入船」の二隻で運行されています。

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この宇品三高航路は安渡島付近で、大型船が頻繁に行き来する航路と直角に交差しますので、左右を見張り、間合いを取って航行する必要があり、気の抜けない航路となります。

カキ筏では何隻ものカキ船が作業中であり、潜水艦1隻が東進中、超大型のバラ積み船「新音戸」と海上自衛隊呉警備隊所属の高速連絡艇が西進中です。

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桟橋に着岸中の「入船」です。

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2012年4月撮影、在りし日の「ドリームのうみ(江田島汽船)」です。

売却予定だった「ドリームのうみ」ですが、2011年3月11日、未曽有の大惨事となった東日本大震災の直後、被災した気仙沼市の大島汽船へと無償賞与されました。

画像は約1年間の賞与期間を終了し再び江田島市所有船となり、江田島汽船にて就航中のドリームのうみです。

ドリームのうみはその後も2014年10月まで江田島汽船にて運行されていましたが、翌年、尾道市の和気海運商事に2億5400万円で引き取られました。

「ドリームのうみ」は広島県福山市鞆町の本瓦造船株式会社で建造されました。
発注者 江田島市(合併前の能美町)
竣工 平成17年1月31日
船 型 単頭ニ軸船 船首尾ランプドア (油圧シリンダ方式)
全 長 59.375m
幅 11m
喫 水 2.6m
総 ト ン 数 395t
主 機 関 ヤンマー  8N21A-EN×2基 1800ps
航海速力 14.5ノット (85%出力)
載貨重量118.29t
最大搭載人員 旅客300名 乗組員3名
搭載車両 バス4台または普通乗用車10台

建造費の明記はありませんが、おおよそ5億円???くらい・・・です。
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