三吉 旧三高(三吉)街道

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岬を一つ越えるごとに小さな半農半漁集落があり、それら集落が点となって連なる海岸線に実線となる幅広の道路を建設することは、古来より難事業中の最たるものであります。

さらには、ごく近年になるまでそのような幅広の道などは必要とせず、重量物は船で、小分けできるものは、人の背に乗せて山越えで運搬していました。
またかりにそのような立派な道が造られたとしても、小さな村々の行政では維持管理することもできません。

それは現在においてもいえることで、車の往来がまれな農道や林道の多くが草木に埋もれ、アスファルトを割って孟宗竹や雑木が芽生え始めていますし、集落とを結ぶ幹線道でさえ夏場は両脇から草木がはみ出して上下二車線道路もその半分の路面しか使用できません。

昭和50年代、三高の海岸沿いに幅広の県道36号線バイパスが完成しました。
それが直接の影響だとはいえませんし、三高だけに限ったことではありませんが、三高(三吉)旧街道に軒を連ねて並んでいた商店街は年を追うごとに寂しさが増しています。

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三高商店街の西の入り口、かって旅館業や仕出し、宴席会場などで賑わったであろう立派な店構えのお家でもシャッターが降ろされました。

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店頭に自販機3台を置いたタバコ屋の「みなとや」さん。

お隣は、酒・米・飲料・アイスクリーム・本、と何でも屋の「ISHIGOCHI」さん。

その先の3階建て「三高ビル」の一階は、お食事処の「寄り道」さん。

二階には、美容室・ヘアーメイクの「とも」さん。

三階には、お食事処「横綱」の看板も見えます。

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タバコ屋「みなとや」さんは兼業でお好み焼き店も経営されています。

広島で有名な「オタフクソース」ではなく、あえて「ヒガシマルソース」で勝負されている様子、表に長椅子が出されていますので、時間帯によっては行列ができるのかも・・・(*^。^*)です。

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「三高ビル」の軒下を利用して無人市場が開かれています。

「正直・信頼・感謝」代金は棚の前側の竹筒へ
インゲン豆50エン・パプリカ50エン・スイカ100エン・シシトウ50エン・オクラ50エン・トマト50エン・ピーマン50エン・ナス50エン・サラダ水菜50エン・モロヘイヤ50エン(きざみ、たたく。ねばりが出る。ドレッシングで)・最下段にはキュウリとジャガイモ・・・

うぅ~ん、残念。財布を持って来ていません・・・(^_^;)です。

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酒王千福・サントリーリザーブ・塩・日田天領水・キリン・アサヒビールも販売します「浜井酒店」さんです。

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ギャランン・ランサー・ミニカ・アルト・Kei・ワゴンR・カルタス クレセント・エリオ・エスクード・スイフト・ジムニー・エブリイ・キャリイなどなど、どんな車にも対応できます。
自動車、オートバイ販売修理の「河原モータース」さんです。

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三高街道を高松峠道の方に入り込むと、電柱を沢山の洋服でクリスマスツリー風に飾った、衣料品の大売出し店があります。

大阪の船場あたりへ行けばこういった華々しい商品展示の店を見ることはありますが、・・・
店主のお兄ちゃん、大阪で修行されたんかもしれへんわぁ~。

もうかりまっか。 いやぁ~、ぼちぼちでんなぁ~。
三高のおしゃれをリードする、ファッション ショップ「サカガワ」さんです。

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お店の入り口には、新小学生衣料受付中の大看板が立てられており、外から見える衣料品はすべてが半額表示となっています。

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地域の安全を守る「三高駐在所」さんです。

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街道脇には、地域情報の掲示板が立てられています。

五年生住田さんの力強い筆跡で書かれた「仲間」、野村さん、アンドレさん・内海さんの明るい色調で楽しそうな雰囲気の絵画。
江田島警察署からのお知らせや防犯指導、一年間のゴミ出しカレンダーが貼ってあります。

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「新ながいきくん」「ドリームかんぽ」「ゆうちょスクラッチキャンペーン」などなど、のぼり旗や掲示板がいっぱいの「三高郵便局」さんです。

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沢山の花々で飾られた「迫製麺所」さんです。

四代にわたる技術の蓄積を持ち、伝統製法による完全天日干しで熟成された旨味とコシのあるウドンや、ソウメン、ソバもつくられています。

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昭和中期の頃までは人々の往来が絶えることなく続いた、三高街道、三高商店街通りです。

きっちりと組まれた赤煉瓦の塀を、手入れされた緑の木々の枝葉がやさしく覆う、すてきな生け垣が残されています。
かって大正の頃には広島県下最大ともいわれ、従業員270人、年間1080万個の煉瓦を生産した三高地区に残る赤煉瓦の塀です。

「降る雪や 昭和は遠く なりにけり」 ・・・(*^。^*)です。
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